秀808の平凡日誌

第参拾七話 運命

少量の木々が生い茂る大地の向こうに、チラホラと人影が見える。

 こちらに気付いて出撃してきたビガプールの迎撃部隊だ。バリスタや大砲を装着した戦車の姿も見える。

 まず迎撃部隊側が仕掛けた。バリスタや大砲が火を噴き、ウィザードやアーチャー達が一斉に魔法攻撃を仕掛ける。

 それらは宙を滑空する巨大兵器…あまりに大きすぎる的―――に向かっていった。

 無数の攻撃が『GENOCIDE』の巨体をまさにとらえようというとき―――機体頭部のクリスタルが光った。

 とたんに全ての攻撃がリフレクターの膜によって弾かれ、 その装甲には傷一つ付けられない。

 そしてネビスが反撃に転じる。

 円盤部上部から突き出した2対の砲身が展開し、地上の迎撃部隊に向けられる。

 途端に強烈な光の帯が地上を薙ぎ、触れた全ての物が一瞬にして蒸発する。

 高エネルギー砲『レクイエム』――そのあまりの破壊力に紅龍までもが息をのんだ。大気による減衰など、この恐るべし砲台の前にはまったく関わりなく思える。

 あたりは瞬く間に虐殺の場となった。

 戦意を失った兵士達を、ビームの奔流が撫でるように妬きつくしていく。

 直撃を食らったモノは灰すら残さず消滅し、死角から攻めようとする敵は紅龍とセルフォルスが片っ端から叩き落す。



 ほどなくして一方的に戦闘は終わった。

 光の奔流を浴びた物体は一瞬でこの世から消え去り、無残に散り果てた木々の残骸が折り重なって黒焦げた大地を隠す。

「すげぇ…」

 セルフォルスが思わず歓喜の嗚咽をこぼす。彼にとっては、ただの一方的に終わったゲームとでも言えるだろう。

「…ネビスよ、調子はどうだ?」

「はぁ…はぁ…」

 紅龍の手にした指輪から、ネビスが激しく息を荒げる声が聞こえる。

 テストを兼ねての襲撃だったが、特に支障はなさそうだ。

「(ふむ…この様子ならまだ大丈夫だな)」

 紅龍は密かに心の中でそう思うと、再び進撃を始めた。




「ビガプールが襲撃を受けている?」

 ビガプールが襲撃を受けたという情報は、既にランディエフ達に行き届いていた。

 今さっき、戦死したヴァンの追悼式を終えたというのに、あっちはこちらを休ませる気は無いらしい。

「…で、どうするんだ?」

「行くに決まっている、奴等に対抗できるのは俺達だけなんだからな」

 ランディエフが当たり前のように言うが、現在ビガプールに行くことができるのはランディエフ、キャロル、ラムサスの3人だけ。

 ヴァンは戦死し、レヴァルやファントムは怪我人の手助けに借り出され、アシャーはいつ帰ってくるかもわからず、ロレッタは…おそらく無理だろう。

「3人…じゃねぇ…」

「…しぶしぶ言うな、俺達だけでも何としてでも食い止めるんだ」




 四方から放たれた『マジカルアロー』が、バリアの膜を虹色に光らせた。

 ネビスの乗る『GENOCIDE』の周囲は炎と瓦礫で覆い尽くされている。

 高みから見下ろすと、街路を逃げ惑う人々は、びっしり並んで蠢く虫の群れみたいで気持ちが悪い。

 ネビスは片っ端から、周囲の敵を根こそぎ薙ぎ払う。

 放射された膨大な魔力が兵士だけでなく、建物や逃げ惑う人々までも一瞬にして妬きつくす。

 炎の海は際限なく広がっていく。その色がネビスを更にあおり立てる。

 その時、どこからか放たれた『トワーリングプロテクター』が、リフレクターの膜に阻まれて虹色に輝いた。

 浴びせ掛けられた方向を見ると、剣士が一人、今までの奴等とは違う動きで迫ってくる。

「…何だ?こいつは?」

 同じく姿を確認したらしいセルフォルスから、通信が入った。

「気をつけろネビス、そいつは手強いぞ!」

 その言葉に、ネビスはモニターに写るその剣士を睨み付けながら吠える。

「何だろうと…私はァァァァッ!」

 怒りと憤りに突き動かされながら、ネビスが一つのボタンを押し込むと、巨大な機体が不気味な唸りを上げて回転を始めた。




「…何なんだ?このデカブツは?」

 ランディエフが、目の前の黒い巨大な機体を見つめながら呟く。

 まさか、このデカブツがこの破壊行為をしでかしたというのか?

 圧倒されるランディエフだったが、次に見たものは、最初の驚きさえ覆すほどのものだった。

 瓦礫の上にそびえ立っていた機体が動き出した。脚部が180度回転し、円盤部が後方へスライドする。

 と、そこに1対の目が輝くのが見えた。たなびく煙を風が吹き払った時、目の前に現れたのは巨大な人型兵器だった。

「これは…?」

 そこに立っていたのは、光輪のように円盤を背負い、角のようなアンテナが伸びる頭部、1対の腕部、1対の脚部を持つ、鋼鉄の巨人だ。

 機体高は20メートル以上、背後に突き出した砲身を含めれば30メートルをゆうに越えるだろう。

 その巨体がゆっくりと、幅だけで5メートルはあるであろう足を踏み出した。その下で燃え残った建物の残骸が潰される。

 呆然と見るうち、黒く禍々しい機体の胸部に三つならんだ砲口から膨大な光が放たれた。ランディエフは身を隠すように右腕の『ドラケネムファンガー』で体を隠す。

 光が盾を構えた体を包み込み、金属の溶ける匂いと凄まじい衝撃がランディエフを襲った。

「ぐっ!」

 なんとか堪え、衝撃が収まったのを確認すると、自分の立っていた場所以外が更に焼き焦げて異臭を漂わせている。

 『ドラケネムファンガー』も半ば融解し、これではもう使い物にならないだろう。

「なんて破壊力だ…!」

 呟くランディエフの横から、セルフォルスが『クリスタルソード』を持って切りかかる。

「お前は俺がぁぁぁぁぁ!!」

 一瞬反応が遅れたランディエフは、融解した盾でなんとか受け止めたもののふっ飛ばされ『GENOCIDE』の真正面にその無防備な姿を晒した。

 これを好機とみたセルフォルスが、ネビスに向かって叫んだ。

「今だネビス!止めを刺せ!」

 しかし、通信機から聞こえてきたのは、ネビスの苦しそうな喘ぎ声だけだった。




「うぅ……あぁ…ぁ……」

 『GENOCIDE』のコックピットの中で、ネビスが胸を抑えて苦しそうに喘いでいる。

「……なん……なの……これは……?」

 その瞳からはわけも無く涙が流れ出ている。悲しいことがあったわけでもないのに。

 この敵を見て、少し立った時からだった、心の奥底がざわめき、自分の行動を邪魔するのだ。

 胸の三連装大口径魔道砲…『ネフェルテム』の直撃を与えた時には、胸が締め付けられるほどの痛みを感じたほどだった。

 ――― 一体、何故?私はあんな奴など知らないのに。

 しかし否定すればするほど、胸の痛みは増していく。

 ふと、頭の中に聞いたことのあるような声が響く。

 ―――――ルーナ……。

 ルーナ?誰だ?そいつは?

 だが、今のネビスにその名前について考える余裕は無い。既に体中は汗でびっしょりとしていた、息も段々と荒げてきていたからである。

 セルフォルスの心配する声も今のネビスの耳には入らない。目の前のモニターに映る剣士をにらみつけ、彼女は叫ぶ。

「……私を不快にさせる奴!消えろぉぉぉぉ!!!」





「…どうしたんだ!ネビス!」

 通信機と思われる指輪に向かって必死に叫ぶ短髪の少年を隅に、例の黒いヤツが身動き一つせず立ち尽くしている。

「…倒すなら、今しかないな…」

 チャンスと見て、ランディエフが『GENOCIDE』に向かって走り抜ける。

 とその時『GENOCIDE』の胸の砲口が淡く輝き始める。臨界に達しようとしているのだ。

 だがランディエフは構わず叫びながら突っ込む。

「…うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 そして今にも発射されそうだった『ネフェルテム』の砲口に『シャムシールDX』を深く差し込んだ。

 視界を妬く白い光が広がっていく。

 爆発――――ついで、衝撃がランディエフを襲った。

 巨大な機体が胸から炎を噴き上げながら、地響きを立てて膝から崩れ落ち、仰向けに倒れる。

 頭部の砲口から、まるでなにかの叫びのようにビームが吐き出され、黒煙に覆われた空に吸い込まれていった。

その様子を見ていた紅龍が軽く舌打ちしながら、憮然とするセルフォルスに命令した。

「…チ、退くぞ。セルフォルス」

「……了解しました…」

 セルフォルスは倒れた巨大な機体にしばし目をやった後、紅龍に続いた。


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